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湯前から市房ダム沿いを抜けて湯山へ ライダーにとっては、実に味わい深い道であった。
梅雨の洪水で通行止めと思ってか、住んでいる人しか走ってないので、自分のペースで譲り合いながら走っていく
飯干峠には瓶を逆さにして、ひえつき里・椎葉村と書いてあった。
意味は分からないが、上椎葉ダムや椎葉村のある山々を眺めていると何となく、わかったような気がした。

椎葉村では鶴富屋敷で観光する、
この屋敷は壇ノ浦の合戦で破れた平家の残党の一部が九州山脈逃げ込む。 そして日向の国(今の宮崎県の椎葉)山中に分け入ってひっそりと暮らした時に、頭領が住んだといわれる屋敷です。
平らな土地の少ない山間に立てられえた屋敷なので、長屋のように立てられていました。
悲哀の話は椎葉に訪れて、屋敷の縁に座って山々を眺めながらパンフレットを読んで、歌を聴いてください。 |
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