
![]() 石の民族資料館【 |
![]() 資料館から見た公園。 子供たちが遊んでいます。 |
![]() 展示を見ていると今でも動き出しそう。 |
![]() 駐車場にも石で作られた美術品が展示 |
いらいらしながら、牟礼町にある石の民族資料館へ。 駐車場内には石の彫刻が飾ってあって、一段、上の芝生では家族連れが遊んでいた。 階段を上っていって、受付で切符を買うと、親切な対応と資料館内で困らないようにと適度&簡単な説明。 先ほどのイライラがスーット消えた。 常時展示室に入ると、半被姿の人形が石の切り出し、運搬、加工を再現しているので、昔の石工がどんな感じで作業していたかのかリアルに理解できます。 実際に一緒に見学していた親子連れが人形が動いたと言っていたぐらい、パネルや説明を聞いていると人形達が動き出しそうです。 館外には石でできたベンチだと思っていたら色々な加工がされているので、ベンチや石の彫刻を見て回るのも一興です。 PM4時ごろに高松駅方面に向かって走っていると屋島を発見。 そろそろ日が暮れるな〜と思いながら屋島ドライブウェイを使い山上へ。 |
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![]() 源平合戦の屋島・古戦場【 |
![]() 古戦場の現在 |
![]() 屋島寺【 |
この道の途中にあるパーキングから源平合戦が行われた古戦場(源平合戦の屋島...檀の浦の戦い)が見えます。 戦場となった頃の屋島は引き潮の時に陸路になる浅瀬で繋がっている島で、ドライブウェイから見ると河口に見える浅瀬で戦ったようです。 私は訪れた時にはきがつきませんでしたが、 海の防備の為に平家が軍船を隠していたとされる「船隠し」、源義経が抱えていた弓を海へ落とし慌てて拾ったとされる「弓流し」 、弁慶が長刀で掘ったといわれる「長刀泉」、義経の身代わりになって部下である佐藤継信が倒れた「射落畠」等、など そして一番有名な話で、 沖に逃げ延びた平家。 そこからいっそうの船が岸へと近づき、船に乗っている女官が扇を掲げて源氏の者に射させようとする。 義経に命令された那須与一。 その那須与一が扇の的の矢の命中を祈った「祈り岩」や命をかけて射ようと馬の足を掛けさせた岩「駒立岩」があるそうです。 また、解説ののった立て札などが立っているそうです。 |
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![]() 蓑山大明神(千手観音の御申狸として修行中) |
![]() 七福人と紅葉(クリックすると紅葉のみUP) |
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屋島の頂上に車を止めて近くの寺へ。 山門をくぐると奥に朱塗の屋島寺、本堂は室町時代の再建されたらしいです。 また、同じ敷地内に源平合戦に纏わる遺品があるとは知らず、お参りを済ませて麓にある四国村へと行ってしまいました。 訪れる前は、こういった史跡の存在を知らなかったのでドライブウエイから眺めるだけでしたが、高松を拠点にして源平合戦と讃岐うどんをテーマにして巡る旅も良いかも知れませんね。 まぁ、今回のぐるりん旅は四国ってどんな所だろう?とふらり旅。 興味を示せる逸話があるか探して巡るたびなので。 次はゆっくりと訪れたいですね。 |
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![]() 山門を潜ると、美しい庭が見えます |
![]() 本堂と蓑山大明神が見えます。 |
![]() 戦いの後、刀を洗ったとされる血の池 |
![]() 四国上陸 |
![]() こんぴら |
![]() 屋島 |
![]() 四国村 |
![]() 栗林公園 |
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