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ひむか神話街道・宮崎の旅 宮崎南部・放浪編

潮獄神社 ひむか神話街道・宮崎の旅
潮獄神社【
潮獄神社 ひむか神話街道・宮崎の旅
潮獄の御社
潮獄神社 ひむか神話街道・宮崎の旅
潮獄を守っている狛犬
山の中を抜けて街に出る頃に、潮獄(うしおのだけ)神社を発見。 インターネットで隼人族の祖を祭っている等で紹介されていたが、行って見ると小さな神社であった。
駐車場に車を止めると神主さんがこちらを眺めるので、県外ナンバーは珍しいのだろうか?と思ってしまった。  そして、神主さんはお勤めをしに社の方へ出向いていった。
少し、遅れて私も階段を上っていくと、愛くるしい狛犬が「誰だろ?」という感じで出迎えてくれる。 社殿では神主さんと氏子が話をしていたので、邪魔にならないように手っ取り早く参拝を済ませて飫肥へと向かう。

7/25 10:58 北郷の街中を気持ち的に迷子になりつつ飫肥の城下町へ到着
流石に城下町だけあって街中は綺麗に整備されているし、南国にある小京都といった感じです。  車を大手門近くの駐車場に止めてお城の方へ
お城の門前に豫章館があって、ここは飫肥藩主が廃藩置県により場内から移り住んだ家だとか? 邸内は明治初年に造られた主屋で飫肥藩の典型的な武家屋敷になっていているそうです。
南国のイメージのある所なので室内でも暑いと思うのですが、軒先にいるだけ、かつ、後で見学した松尾の丸の中にいると、涼しい風がふいてきて一時の涼を得られました。
今は機械で空気を冷やしていますが、昔は色々と工夫して自然な状態で涼めるようにしていたのですね。
飫肥城 ひむか神話街道・宮崎の旅
飫肥城・大手門【
飫肥城(豫章館) ひむか神話街道・宮崎の旅
豫章館の入口
飫肥城(豫章館) ひむか神話街道・宮崎の旅
豫章館の住まい側
さて、豫章館から大手門をくぐると、塀に囲まれた1つが長い階段があります。 不思議に思っていたらインターネットで昔は馬が交通手段だったため馬の歩幅に合わせてあるとか、へぇ〜ですね。 ところで、この塀は外敵から襲われて倒されないように数十センチ後ろに小さな柱が立っていて、そこから棒によって支えられています。 
珍しいと思ったのですが、ここの飫肥は薩摩と日向の境にあるので昔は国取りの最前線とか?、こういう点から防備に力をいれていたのですね。
さて、話を戻して、松尾の丸方面に階段を上っていくと本丸方面に学校があり驚きました。 でも、福岡にある秋月なども学校になっていた事を思い出し。 国力は力から考に変わったシンボルだな〜と思ってしまう。
さて、ここ飫肥城は周囲に9つの城を配した平山城で松尾の丸はそのうちの1つです。 飫肥城内での生活が見れるようにと維持されていて、室内を散策する事ができます。 城の中を見学できる所は多いですが、こちらは政治の中心。 住まいを見れるのはなんだか不思議な感じがしました。
次に歴史資料館に立寄りましたが飫肥城の歴史だったので...足早く通り過ぎて大手門近くにあるここの偉人の記念館へ
飫肥城 ひむか神話街道・宮崎の旅
殿様が入ったらしいお風呂
飫肥城 ひむか神話街道・宮崎の旅
飫肥城・松尾の丸
飫肥城 ひむか神話街道・宮崎の旅
現代でいう所の炊事場
共通券だったのでついでにと思って入ると、日露戦争の講和の立役者である外交官の記念館でした。
 実際には派手な勝ち方をしたという事もあって日露戦争は武力のみで大国に勝ち、英国や仏蘭等の割り込みによって不平等な講和を結ばされたと思い勝ちで....外交官達のふがいなさが記録に残っています。
 しかし、世界的な観点で見ると、日本が戦争で優位に立っていた緒戦で、国力が続かずに負ける?かつロシア内の問題を見てとった外交官の努力によって勝利したのです。
 この後、駐車場の道を挟んで向かいにあるお店で飫肥天を買った後に車で商店歴史資料館に立寄って猪鼻崎へ。
 ※白壁のある所を車では散策と思いましたが狭くて無理でした。 訪れた方は歩いて散策してください。白壁と溝を泳ぐ鯉を見てまわるコースはオススメです。
 日南市街地を抜けて猪鼻崎へ。ここはお店屋さんから随分と歩かないと行けないのかな?と思ったうえに駐車場は満車だったので、南郷道の駅に向かう事にした。 以前、ここに来て、海の見える素敵な景色を思い出したからである。
飫肥城 ひむか神話街道・宮崎の旅
城の塀が先頭の時に壊れないように
飫肥城 ひむか神話街道・宮崎の旅
ある外交官の記念館
おびてん 飫肥城 ひむか神話街道・宮崎の旅
飫肥天が美味しい店・入口の蛙が可愛いよ


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