たたら場編

 しばらく走ると、鉄の博物館と菅谷たたら山内の看板がを発見した。 しかし、たたらへの道は、山道を舗装してあるが.....そのうちに砂利道となり、獣道となりそうな雰囲気だった。
 大丈夫かな?と迷いながら、その道へと進んでいく。 軽自動車が1台走れる道路を進んでいくと高殿を発見したので、入り口の駐車場?にバイクを止めて中を見学するが...真っ暗でなにも見えない。
せっかくなので、この高殿を紹介しますね。 吉田村にある高殿は全国で唯一、現代に残る和鋼生産の行われた
場所として残されています。 この高殿では大正10年まで1世紀に渡り、現代の技術でも真似ができないといわれている品質の鋼を生産してきました。 他に、事務所的な働きをした「元小屋」、生産された大きな鉄の塊を粉砕する「大銅場」 が展示してあります。 また、山内というのは、たたら製鐵に従事していた人の職場や住居のある地区を指して山内といいます。との事でした。
 もののけ姫のようなたたら場は何度も炉を作って鉄を生産する事から永代たたらと呼ばれます。 さて、たたら製鉄とは何ぞやと思いますが、手元の資料をみると鉄を制すものが世界を制した古代の最先端技術だそうです。
私も製鐵の町に生まれて鉄に関わりあいながら育ってきたので、古代の製鐵技術であるタタラをひとめ見ようとその跡地を求めて奥出雲にある「菅谷たたら山内」へ ここは数年前に放映さえれた映画「もののけ姫」で、日本に残る永代たたら場として少しスポットが当たるようになりました。 現地に行ってみると江戸時代以前の古代製鐵技術だと思っていたら、大正時代までは現役だったとか? この話は一見は百聞にしかずという実例です
ね。 そういういえば、吉田町の近所の横田町では技術を後世に残す為にたたらが行われているとか?...
こちらは永代たたらじゃないのかな?
 それとも僕の聞き間違いかな?と思いました。 ※興味がある方は調べてみてください。 話をたたらの歴史に戻します。 タタラ製鐵は古代より、金属は儀式用の神器・祭器から鍬や鋤などの実用的な道具まで幅広く利用されてきました。 しかし、金属を精錬するためには、原料となる量の鉱物を探し集めることが困難であり、燃料としての木材も大量に必要するために、どうしても山奥にたたら場を設ける必要があるために非常に困難を極める事業だったそうです。
 また、山々を荒らすために、林業や農業を営んでいる方々との争いも絶えずあったとか? 私たちは山内(タタラで働いている方の集落をさすようです。)の観光場所を見ながら、もののけ姫とだぶらせながら観光してきました。 今では道路も綺麗に舗装されていますが、昔の映像(後で立ち寄る鉄の博物館で見れます)を見るとけもの道と行った感じでした。
 また、ふいごがこちらにはありませんが、私が帰りに横田町の「奥出雲たたらと刀剣館」に立ち寄った時、実物を見ることができました。 「元小屋」に山内での暮らし振りがわかる物が展示してあったので、ゆっくりと見て回りすぎました。 特にこの二階は忍者屋敷みたいで面白かったですよ。