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川下りを行う堀のそばには
水郷・柳川に関係する、いろいろな記念碑が建ってます。
ここでは、耳で覚えた話を少し紹介します。
詳しく&正確知りたい方は、
柳川市又は観光協会のホームページ等を探して下さい。
ここで紹介する内容は、耳で聞いた話を書いているので、
間違いも含まれています
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藤原純友一族の蒲池氏が滅んだ後 入城した立花家は関ヶ原の戦いで豊臣方につき 柳川を追われました。 代わって柳川を治めていた田中は掘割の整備、 道路の新設・整備、有明海岸の埋め立てなど、 土木事業に数多くの業績を残しました。 その後立花家が再び柳川城主となり、 明治維新まで藩政はつづきました。 |
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| 柳川の掘割の総延長は実に470キロだそうです。 掘割には柳が緑の影を落とし、 水面には花菖蒲が咲き乱れ そして城内の静かな家並みを下るドンコ船。 その掘割には、いろいろなポーズをとった 河童の像が何体か置いています。 あなたは船くだりで、 何体の河童に会ったことがありますか? |
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船くだりのどんこ船が途中立ち寄るお店 そこには無事故で無事に帰れるようにと かえるが出迎えてくれます。 柳川の船くだりは、自然を満喫するだけでなく 自然に溶け込んだ人工物に宿っている 思いを味わうのも楽しみのひとつです |
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| 柳川にはたくさんの記念碑があります。 それを探索して見るのも楽しいかも ところで、あなたは何体の記念碑を 発見できますか? 帰去来詩碑 「帰去来」は昭和16年に作られた白秋最後の思郷の詩。 母校の白秋詩碑苑にゆかりの樹木と 共に建てられています。 立秋詩碑 白秋の叙情小曲集「思ひ出」の中の詩「立秋」の一節が 刻まれた碑。 詩に出てくる懐月楼跡の横にあります。 |
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柳川では明治の詩人である北原白秋が有名 何度も船下りやうなぎセイロ蒸しを食べに 行かれているなら、この方の事に興味をもって 遊びに行くとさらに観光が楽しくなります。 北原白秋 1885年生まれ1942年没 福岡県柳川の魚類穀物問屋に生まれる。 明治35年白秋を号とし「文庫」に詩や歌を発表 37年に上京、早稲田英文科入学のち中退 39年に与謝野鉄幹の新詩社に入り 「明星」に詩、歌を発表。 42年鴎外をかしらに「スバル」を創刊 大正2年「桐の花」刊行。巡礼詩社創立 7年「赤い鳥」創刊で童謡、小説を発表 |
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| 水中歌碑 白秋生誕100年を記念して建てた歌碑。 川下りコース沿いの庭園内にあり、船上から見えます。 五足の靴ゆかりの碑 明治40年夏、柳川を訪れた与謝野寛、木下杢太郎、 北原白秋、吉井勇、平野萬里を偲んで ゆかりの懐月楼跡に建てられています。 水影の碑 殿の倉のなまこ壁を背景に建てられた碑 白秋が出郷して20年ぶりに帰郷した時に 読んだ詩が刻まれています。歌集『夢殿』に収録 |
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北原白秋歌碑の中で、僕らが小さい頃に歌っていた唄
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