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もう一つの旅行記 アーカイブ

2008年3月30日

北九州・プチツーリング

バイク(DR-Z400SM)を引き取りの準備に荷物を積んでプチツーリング
昼からバイクを取りに行くんですが、ヘルメットなど持ってJRに乗るのは恥ずかしいので(笑)
DR-Z400SM ヨシムラマフラー

車の流れに乗れない原チャリスクーター(LET'S4)なので、裏道や住宅街を走りながら桜で有名な足立公園へ
足立公園は足立山の麓にあり、地元では森林公園といった感じで親しまれています。
北九州・プチツーリング
ちなみに足立山の由来は、足がたったから足立山という親父ギャグ的な感じはしますが由緒は正しのです。
妙見神社の神様となる、奈良時代の和気清麻呂さんが政変に巻き込まれて、神様に相談しようと大分の宇佐神宮に訪れようとした時に暗殺者に襲われて命は助かるも足の筋を切られて歩けなくなります。
北九州小倉・妙見神社
その時に猪達が彼を助け、猪に守られながら背に乗って宇佐八幡宮に詣でると、現在の北九州市小倉南区の湯川にある霊泉を浴びるとよろしいとか。
お告げのとおりに霊泉で湯治をしたところ、足の傷は治ったそうです。 そこから足が立ったことから足立山として呼ぶようになったそうです。
霊泉と山は関係なさそうですが、実は神様へのお礼と天皇が安泰である事を断食して祈る為に霊泉があった山頂に自ら山に登り、妙見様のお告げを受けた場所だからそです。
北九州・プチツーリング
さて、話を戻し、ここから足立公園から安部山公園まで舗装された道が続いているので、中腹からの見える小倉の町々を眺めながら走る。
時々、道端に止めて風景を眺めていると、ピクニックかな?集団で歩いている方々に抜かれたり。
え?と思う場所に登山道があって、早朝登山から帰ってきた人々が森林や道路の壁の上から登場するので驚きます。
足立公園や安部山公園は陽のあたりのよい部分は少しだけ咲いてので、
 スイッチを入れると開花しそうなまで芽が膨らんで桜の枝がピンクに染まってました。
花見客で騒々しくなる前に、道路が路駐規制が始まる前に、路肩に止まって風景や葉桜を楽しんで来ました。
朝8時に出発したのに、バイク屋さんには10時過ぎ。。。。。
 足立山周辺をうろうろしすぎたのに気がつく。
北九州の風景
たまには原付スクーターで、いつも走っている道をゆったりと、休みながら走るのも楽しいかな?

2007年10月 8日

宮崎西都市ではハニワがお出迎え

西都市のハニワ 九州を南下して、西都市に入ると  大きなハニワ君が出迎えてくれます。

宮崎ではハニワが出土しないのですが、
 古墳と言えばハニワと言う既成概念もあって、
このハニワを見て、古墳群がある事を思い出します。

2007年9月 5日

鹿児島編   日向&薩摩の旅 その4

暑くなる前に加世田のホテルを出発して、北上していく。
路肩に焼酎瓶の大きな看板が見えると、次第に電柱などの看板はその土地の焼酎蔵の看板が多くなってくる。
焼酎「宝山」

市来串木野にある焼酎蔵薩洲濵田屋伝兵衛の焼酎工場を見学する。
駐車場から売店に向かう縁側からも、焼酎蔵の様子が見えるので眺めながら進んでいく
最初の部屋? 玄関?では、御輿とここで作られている焼酎が展示されていてドアを開けて中に入ると売店だった。
焼酎蔵薩洲濵田屋伝兵衛の焼酎工場
ここで作られた焼酎が展示されており、ちょっと物色
ここから焼酎蔵の見学コースへと入っていく。
見学コースでは、瓶詰、仕込みなどを見ていく。
  訪れた季節によってタイミング悪く見れないものもあると思うが。
また、焼酎作る道具の展示などもあって、
焼酎蔵薩洲濵田屋伝兵衛の焼酎工場
 私は木樽で作られている蒸留器や道具を紹介しているコーナーで
 アルコール度数を図るフロートのような道具に興味を引かれた。
20分ぐらい見学して、次の部屋と思っていたら駐車場に出てしまった。
それにしても木で作られた蒸留器を使った焼酎は美味しそうだな~。

もう1件巡ろうと思って、以前に聞いた工場地帯側に移動するが。。。。
大きな焼酎工場を発見したが、普通の工場であった。
まだ、まだ、時間があるので、串木野の長崎鼻を訪れる。
 遠くに吹上浜が見え、手前の岩場は白波が立っていた。
串木野の長崎鼻

今回の旅の話はこれにて。。。。。。













2007年9月 1日

鹿児島編   日向&薩摩の旅 その3

宮崎県庁前 朝食を食べて、宮崎の県庁前に訪れたが朝が早かったので道路から眺めるだけだった。 通勤渋滞に巻き込まれながら高速に乗り、都城までワープする。 しかし、宮崎県知事のはっぴを着て走る姿のシールが無い土産物は、バッタものと思うぐらいに県産の土産物にはシールが貼られていた。 さて、さて、さて、宮崎・都城からは一路、・鹿児島・鹿屋へ。 なんどか通った道なので、音楽を聴きながら走りぬけていく。


霧島ヶ丘公園
霧島ヶ丘公園に到着した頃には、太陽の光がサンサンと輝いていた。 暑い、いや、熱い~
展望台まで歩いて行くと、東は志布志湾、西に錦江湾と薩摩半島、南西に開聞岳、北西に桜島まで見える景勝地なのですが、晴れているのに大陸からの埃が多いのか、錦江湾しかみえなかった。 残念である。


荒平天神
海岸線に下りて、海に突き出た天神島の岩山上に建立されている神社に参拝。
引き潮で島と繋がって(いつもかな?)いたので、島に渡り階段を登る。 最後の傾斜は岩場を縄を使って登るといった感じで数m。。。
緑に包まれた岩場の上に朱色の神社があって、御手洗の水が出てくる口は龍のデザインが多いが、ここは牛のデザインであった。
牛車の牛かな? この神社は学問の神様,菅原道真公が祀られている天神様で、県道と島の間の砂浜には、家族連れが海水浴を楽しんでいた。

山川~根占フェリーからの風景 桜島経由だと大変なので、鹿児島の薩摩と大隅両半島の南端部を結ぶ山川~根占フェリーを利用するため、さらに南下して予約を入れ、昼飯どきだったので、近くのジョイフルで大好きな雑炊と唐揚を頂く。 
フェリー乗場でフェリーを待っていると、湾外を航行するような大型のフェリーだったのには驚き。 
さらに港の中でUターンして船尾から着岸。 船体には似合わない小回りが利く船だこと。 
一人旅なので、疲れを癒すように船内の禁煙室(一等室)で仮眠をとりながら、ときどき船上にでて、大隈半島や薩摩半島の風景をカメラに納める。 
薩摩半島側の風景は、特徴のある指宿の知林ヶ島や山川の竹山が見えるので、おおよその航路が判る。 
山川の港に入ると他の客は船内で休んでいる車へと消えていったが、ここから見える指宿や山川が面白い。 
海からの風景はドライブ中には見えない景色があって、あの宿はなんていうホテルなんだろうとか? 
泊まって見たいな~とか、菜の花マラソン中だったら、山川駅を中心にパノラマ写真を撮って見たいなど、考えながら眺める。 
山川のヘルシーランド フェリーが着岸すると、国道や指宿へと向う車が多い中、私だけ進路を山川のヘルシーランドへと向け、露天風呂側の駐車場に車を止める。  
まずは、ここから階段を下りて、"山川天然砂むし温泉"に入る。 
浴衣に着替えて海岸沿いにある砂場で横になると砂をかけてくれる。 
打ち寄せる波の音が精神的にも心地よく、すぐに寝てしまう。 
そう、そう、砂風呂は砂の重さで指圧されながら、サウナに入っているようで、心地良いです。 
風呂で砂と塩を落として、休憩所で火照った体を休めて、ヘルシーランドの露天風呂に戻り、温泉のはしごを堪能です。 
こちらは、左手には山川名物の竹山が、右手には薩摩富士(開聞岳)が見え、視界のいい日には大隈半島が見渡せます。 
時折、タンカーや高速船トッピー号が行き交っている姿を見かける事ができます。 
そして首まで温泉につかりながら風景を眺めると、温泉の水面と錦江湾の海面が重なって、大海原という温泉につかっているようです。 枕崎の火の神公園 冷凍のカツオは食べる時に凍った状態で魚焼で表面を焼いて切ると、中身は刺身状態で表面は焼き魚状態のたたきができる。 
あとは、ニンニクチップと葱をぶっかけて、カボスと醤油をたらして頂く。 うまいぞ~ 
加世田花火大会 二日目の宿である加世田に移動して、ふく福というお店で定食を頂く。 
 釜飯、サラダ、うどんを頂いた段階でお腹がはちきれそうになる。  
量は多く、味は反する事なくうどんの出汁が好みでした。 
  でも、さすがにデザートが食えなかったのは非常に残念でした。 
ホテルではマッサージチェアーで横になりながら、ホテルの窓から見える花火を眺めながら夜は更けていく。

2007年8月31日

宮崎へ   日向&薩摩の旅 その2

宮崎へ   日向&薩摩の旅 その2

R10を川南町から木城の役場前を抜けて西都ICへ
インター付近で、私のHN(ハンドルネーム)に似た「巨田(こた)神社」があるという情報を獲ていたので、付近に探す。
案内板に導かれて高速道路の向こうに訪れると、南国の青い空と田園風景の中に、鎮守の森に囲まれた神社を発見
巨田神楽(こたかぐら)の事務所?の周辺が参拝者用の駐車場に車を止める。
事務所の壁に飾られている巨田神楽の御面は、赤鬼のような雰囲気。 何をテーマにした神楽なんだろう?
巨田神楽(こたかぐら)
地元の方が参拝する小さな神社???と思っていたら、やはり由緒ある神社だそうです。
そういえば宮崎の神社って、海に浮かぶ島々のような感じで森があり、その森の中に別世界といった感じで神社が存在しているよな~
周辺が騒がしくても神社周辺は異常に静かであり、 大きな神社になると和楽器の音色がさらに静かさを感じさせてくれる。
さて話を戻し、この「巨田(こた)神社」は佐土原藩の城下町だった頃は、武士と町民が参拝する神社は分かれていて、武士はこの巨田(こた)神社に参っていたそうです。
また、境内には島津公が奉納した石灯籠もあって、拝殿奥にある本殿は朱色なので、モノトーンの風景の中で本殿だけが浮かんで見えます。
そう、そう、案内晩があったのですが、巨田池と近くの丘陵地は「鴨網猟」の猟場となっているそうです。
巨田(こた)神社
TVでみたのですが、餌場から山の寝床に鴨が帰る時間帯にラケットの大きなものを空へと投げて、ラケット(越網)の網に鴨が絡まって捕まえるそうです。
まるで空を海に見立てた一本釣りってな感じですね。

少し戻って、西都から高速に乗る。 北海道を思わせるような一直線が続く、宮崎高速道路を走ると
以前、宮崎市周辺を観光していた時の感動を走馬灯のように思い出しながら青島を目指して走っていく。
いつも渋滞している青島を迂回するように堀切峠に繋がっている、都市高速のような新しくできたバイパスを走る。
青島周辺と遠くに宮崎市内が見渡せるPAがあったので、早速、展望台へ
宮崎・青島
肉眼では観光ホテルのある青島周辺なのだが、デジタルカメラを通して眺めると海幸、山幸の伝説で知られる青島神社や鬼の洗濯板(隆起した水成岩が波の侵食により洗濯板のように見る岩場)を眺める。
遠くにはシーガイヤのビルが見えるので、あの付近が宮崎市内だという事が分かる。
再出発して堀切峠を抜ける。 海岸にある峠としては珍しいのかな?
堀切峠を越えて道の駅周辺に来ると、沿道にはフェニックスの並木が続き、左手には太平洋が広がります。
対岸と思っていたら陸続きだったと笑い話になりそうなリアス式?の海岸が多い地域に住んでいる私としては、水平線が見える海は。。。ちょっと感動。
時折、海岸線が見えて、波状岩を白波が洗っているのを見て、海の荒々しさを感じます。
太陽の塔
サンメッセ日南で定番のモアイ像を見る。
斜面に作られた公園なので、ゴルフ場にあるカートを借りて、頂上にある地球感謝の鐘まで上っていく。
地球儀を半分にして、輪切りにした記念碑の中に入ると鐘の音が木魂する。
眼下にはコンドルが羽を広げたような、インカ帝国をイメージした太陽の塔(レストランと倒れたモアイ像の修復作業のビデオが見れる)と太平洋の海原と水平線が見れる。
何でもない風景ではあるが、何か引かれるらしく、記念写真を撮っている団体の観光客が多い。
サンメッセ日南のモアイ像
ここから園内を下っていき、モアイ像のある広場へ。 以前は愛を司るモアイ像が人気であったが、今年は幸運や金運のモアイ像の方が人気があったのには世相を感じてしまう。
ここから動物広場をダッシュしてカートを返すが、急ぎ足で巡ったのに一周を30分で巡るには無理だった。 園内を色々と見て回るには1-2時間は必要かな?
立ち去る前に土産コーナーを物色する。 モアイ像の焼酎や地ビールならぬ、マンゴを使った地サイダーなどが販売していた。 それよりも入り口にある、そのまんま東改め、宮崎知事東国原さんのモアイ像があるのには驚く。
そのまんま東改め、宮崎知事東国原さんのモアイ像

飫肥までは時間的アウトなので、以前から訪れたいと思っていた油津へ。
油津の堀川運河に到着した時には閉館作業中だったので、写真だけを撮らせていただく。 TV番組「でぶや」を見てから一度は寄って見たいと思いながら場所が分からずに通り過ぎていた場所であった。
飫肥藩が作ったといわれる堀川運河は広渡川河口から油津港を結んでおり、少し歩いた所に煉瓦造2階建ての倉庫油津赤レンガ館や今でも営業していて、外壁は洋風の意匠を取り込んだ木造3階の杉村金物本店があります。
油津の杉村金物本店
日南の海岸線とひむか神話街道が交わる場所、都井岬から宮崎市街地を目指して海岸線を走ってくる途中にあるので、飫肥城と一緒に歴史建造物を楽しむのも良いかも。
国道に出ようと油津市内をうろうろしていると釣具店を見かける。
パソコン+一眼デジカメ一式を車からホテルに運び込むのも大変なのでタイヤのついたキャリアを購入
格好は悪いが便利であったのと、他の客にホテルの駐車場で関心される。

帰道に鵜戸神宮へと立ち寄るが、その前に神武天皇が少年時代を過ごした宮殿跡といわれる、駒宮(こまみや)神社による。
油津から鵜戸神宮へと向う途中。国道220号から少し住宅街にある。
シャンシャン馬発祥の駒宮(こまみや)神社
高原町(皇子原)で幼少時を過ごした神武天皇が元服のころまでは駒宮神社に住んでいたとか。
藩政時代には牧奉行が置かれ、駒追の際には必ず優秀な馬が駒宮神社に参る風習があり、日南のシャンシャン馬発祥の地と伝えられているそうです。
実際に馬も買われていて、餌を与えることができます。

そして、海岸にある洞窟に本殿がある不思議な鵜戸神宮へ
駐車場から鳥居をくぐり、海岸というか、海に面した崖をテクテクと歩いて橋を渡り。。。ひょっとして三途の川? 階段を下りると鵜戸神宮・本殿がある。
洞窟内をぐるりと一周するが、奥の方は新鮮で、もあ~と蒸し暑く、不思議な感じがした。
鵜戸神宮
鵜戸神宮の参拝も終り、宮崎駅の裏手にある今夜の宿へ。
陽が弱くなり堀切峠も人手が少なかったので、道の駅に車を止めてしばらく休憩。
峠からの風景は、これぞ南国宮崎だ!!といった思い出を残す
堀切峠
宮崎市内に入った頃には、ちょうど帰りの通勤渋滞に巻き込まれてしまう。
やっとの思いでロケットが展示してある宮崎科学技術館を過ぎて駅前にでる。 ここから何処だろうとカーナビで探していたら目の前で宿があった。
ちなみに部屋の窓から宮崎科学技術館がライトアップされて見えていた。

ホテルのシングルは2-3人部屋のような広さで、ここで旅行のカタログとパソコンを広げて翌日の旅のプランを考える。
お土産を物色に夜の町を散策。 タクシーを利用して夜の宮崎県庁を見ればよかったかな?
ホテルから見える宮崎科学技術館
さて、今宵は晩飯はホテルのロビーで晩酌セットを頂いて。。。。 (○。ー){ZZzzzzzzz....
 でも、宮崎の炭焼き地鶏を、冷えないように一人用コンロ・陶板で焼きながら焼酎を頂き
  サーモン南蛮がメインで、酔いが回る頃には棒ラーメンの麺のような鶏がらだしのラーメン。




宮崎の炭焼き地鶏

うまかった。















FIne

2007年8月30日

宮崎へ   宮崎~鹿児島の旅

走行中に日出を向かえたので、高速で安心院を通過する頃には、朝靄が山間からこぼれだしていた。
別府SAから高崎山方面を眺めると、朝靄が別府市街地から別府湾に向けて溜まり、高崎山は雲海に浮かぶ孤島のように見えていた。
別府湾SAより高崎山を眺める
雲海の海面下を目を凝らして眺めると、別府の市街地には湯煙がただより、海面付近で広がっていた。
高速を抜けて一般道を三重町に向かって走っていると、温度警告等が点滅するので、しばらく休憩できる場所を探す。
しかし、休憩する前にエンジン警告等が点等して、車がSTOPする。 車を騙しながら三重町の体育館まで走り、
エンジンを冷やして冷却水をラジエターに給水するとどんどこ入る。

別府SAで満タンにしたのに、数十キロで補助ばかりでなく、ラジエターまで空(笑)
営業さんに電話をして、近くのディーラーを紹介してもらい、Openと同時に車を見てもらう。
ディーラーの朝礼は気合が入っていると思いながら、お店の前を走り去る車を眺める
車の点検も終わって話を聞くと、空焚きをしてしまっての警告だったらしく、エンジンブロックが歪んでいる可能性ありとか?
7月から謎のオーバーヒートが続いていたので、修理しても、次から次へと故障しそうな感じなので、買いなおしを考えていた事もあって
 帰ったほうが良いのか? 修理に一週間もかかるし。と悩みながら、エンジンを回すとすこぶる調子が良いので、車を労わりながら旅を続ける。
 ただ、ロスタイムの3時間だけ、行きたかった観光地を何箇所か諦める。
高速大分道

三重から延岡への道は、早い車が来ると道を譲りつつ、三国峠をよいこらしょっと越え、川沿いの道の風景を楽しみながら延岡へ
予備のクーランド液を購入しようと、直線道路が続く道をカーショップを探しながら走っていくと、門川町で発見。 4Lのクーランド液を購入して、ガソリンを満タンにして、南下を続ける。

しばらく走って、最初の観光地である「美々津」に訪れる。
この町は、石畳の道や江戸時代から明治時代にかけて作られた、平入、妻入建物が数多く残され、美々津千軒といわれ栄えた頃の面影は今も残る港町
まずは、車内から当時の町家をしのび、楽しみつつ、巡っていく。
訪れる店を物色して、「日本海軍発祥の地」碑がある海岸に車を駐車する。
「日本海軍発祥の地」碑がある美々津
この記念碑は昭和17年に、神武天皇が日向の国(宮崎)は美々津より東征に向かい。 浪速や紀州に立ちより大和に入り、初代天皇となったそうです。
この時の船出を記念して作られた碑だそうです。
※私も耳川を渡るときに見えた記念碑が気になって立ち寄って、この美々津の町を発見したのです。
さて、陽炎が見えるような夏日だったが、海風のせいかな? 思っていたよりは暑くなかったので、日向市歴史民俗資料館へと町並みをテクテク歩いていく。
町の入口が橋を渡って直ぐの信号で、しかも漁港に下りる感じですが、白い壁、石畳と、レトロな町並みが綺麗に残っている美々津
町の中を歩くと、昔、県庁所在地だっただけにレトロ調のお店屋さんが並んでいるし。 大昔に大和へと海を渡って神々が出発した場所だけに、隠れた観光地となっています。
美々津の町並み
「旧廻船問屋、元河内屋」をを復元した日向市歴史民俗資料館は、整然と部屋が作られていないので、隠し部屋という雰囲気で面白かった。
何しろ、2Fは部屋と部屋が段差でなく、中二階といった感じで高さ異なっている。
それと、お客さんが出入りする土間は2Fの部屋から眺められるように作られているのが面白い。 時代劇からは想像できないつくりであった。
また、置くには資料館とした感じの建屋があって、その中には大福帳やそろばんなどの道具類が保存してあった。
隠れ家的な観光地といった印象の美々津の町であった。

昼飯は美々津から少し南下して、サーファに教えて頂いた都濃町にあるチキン南蛮の美味しいGRILL POPEYE。
直線道路の途中にあるので思わず通り過ぎそうですが、昼飯時を外れても繁盛しています。
GRILL POPEYE
メニューを見ると色々と美味しそうな料理がありますが、 久しぶりに来たので、チキン南蛮を注文しました。。  というか、いつもチキン南蛮ばかり。
チキン南蛮をひとつ口に入れ、チキンを噛むと肉はやわやわで、肉汁が口の中に広がります。
甘酢はチキンの味わいを複雑にして、旅で疲れた体ににはほどよい甘さ、タルタルソースは味わいに奥深さを加えて、いくら食べても飽きさせません。
気がつくとお皿にはサラダしだけになってしまいますので、注意(笑)

さて、食事が終わり、ラジエターの液を補充して再出発。 目指すは日南へ

2007年5月30日

熊本城さんさく

小さい頃は旅の途中で見ていた熊本城。身近に感じただけに熊本市内で飲んでも何故か熊本城には立ち寄ったことが無い。
それが気になって高速を使って熊本城に行って来ました。 

熊本城葉イメージしていたよりも大きいので、城を見ながら走るが中々近づけない。
やっと城に入り、二の丸又は三の丸駐車場を探すのにもカーナビを頼りに探すが、迷子になってしまう。
この道を車で通って良いの?と思いながら、有料駐車場の看板を頼りに進んでいくと加藤神社の境内だった。
熊本城・天守閣

熊本城を散策していると、小さな城の天守閣かな? そういったのを櫓としている感じで、大きな敷地内に小さな城が数多く見かけます。
 天守閣は大きく、訪れた観光客が大阪城の天守閣と比べてどちら大きい?という話題になってしまう大きさです。
熊本城・宇土櫓

そう、そう、宇土櫓と長塀だけは当時のもので、他は復元したものだそうです。
現在は本の丸御殿を復元しているようです、完成が楽しみです。
熊本城・宇土櫓と天守閣
天守閣の中を城と友に熊本の歴史が展示されていて、鉄砲、建物、古い写真などが紹介されていた。
宇土櫓内は木造建築なので板張りから光がさすし、敵が襲ってきたときに攻撃するための隙間から見える。
高所怖いのが駄目な私は最上階までいけなかったのが残念。
飯田丸5階櫓

2007年5月10日

大和ミュージアム

広島・呉・大和ミュージアム 広島・呉・大和ミュージアム
 大和ミュージアムの特別展では、近所に出来たてつのくじら館にちなんで潜水艦が紹介されていた。
 日本では江戸時代にはうつろ舟ということで模型が残っているそうな。。。。 そういえば飛行機(グライダー)も飛んでいたそうな。
ただ、残念なのは記録でしかないこと。
 んで、アメリカから購入した潜水艦、第一次大戦後独逸から技術導入したこと。 潜水航空母艦であるイ400なども紹介されていました。
 呉の旧鎮守府の歴史のコーナーは町や造船技術の移り変わりが紹介されていたけど、人ごみだったのでパス。

 1/10の戦艦大和を眺めていたら小学校の遠足かな? スケルトンのエレベーターや船の科学コーナーでにぎやかに遊んでいた。
広島・呉・大和ミュージアム 広島・呉・大和ミュージアム

2007年5月 7日

えひめ・しまなみの旅 4日目

いよ、しまなみの旅の帰道の途中に尾道で一泊。
観光しながら帰ろうとホテルで広島県の観光案内をネットで探すと、「てつのくじら館」が「大和ミュージアム」の近くに作られたそうな~ 
自衛隊官の教育目的で作られた施設らしいので入場無料だそうです。  2Fは掃海関係が展示されていて、機雷や掃海具が展示されていたが。
それよりも、機雷の撤去は既に過去の物と思っていたが、今でも流れついたりするそうで、知らない間に守られているんですね。
いがると潜水艦に関する展示があって、退役した潜水艦といっても艦内に入れる。
それにしても、潜水艦の外見の大きさに驚く。 3F体育館を縦半分に切ったような大きさでも、中は映画館で見るような狭さ。
ぼけ~として歩いていると、どこぞにか頭をぶつけそうなギャップは、百聞一見という言葉がよぎる。
てつのくじら館・あきしお てつのくじら館・無人ヘリで潜水艦を追跡して、搭載している魚雷を発射
大和ミュージアムの特別展では、潜水艦が紹介されていた。 日本では江戸時代にはうつろ舟ということで模型が残っているそうな。
呉の旧鎮守府の歴史のコーナーは町や造船技術の移り変わりが紹介されていた。
1/10の大和は今でも人気があり、それよりも驚くのは小学校から高校生の遠足で人が多い。
小学校は歴史展示しているコーナでなく、大和の模型を大きいね~で眺めた後は船に関するコーナで遊んでいた。
でも、遊びながら気がついたら勉強してしまったコーナになっているから、遠足の目的地としてはよさそうですね。
大和ミュージアム・戦艦大和 大和ミュージアム・戦艦大和
呉からはカーナビを広島市内を抜けて宮島フェリーに到着する。
 世界遺産に登録されただけに、遠足の学生や観光客で駐車場は満車。。。。随分と待つ
フェリーで宮島に渡り、厳島神社へと歩く。 今回は干潮だったので、大鳥居の近くまで歩いていく。
近くで見た大鳥居は大きいわ~ それと観光客よりも潮干狩り客も多いわ~  大鳥居から厳島神社を眺めながら思う。
厳島神社 厳島神社
元々は宮島自体が神様の領地で、厳島神社がその玄関に当たるので、昔の人はこんな感じで、小船にのってやってきたのかな?
厳島神社の門前町を散策しながらフェリー乗場に。 今年は揚げもみじ饅頭が人気らしく。 行列ができていた。
正体は紅葉饅頭の天麩羅なんだけど、ほくほくして、餡子も適度な甘さで美味しかった。

えひめ・しまなみの旅 3日目

観光予定の博物館が休館らしい事に気がつくのが遅く、それまで、ゆったりとした朝を過ごす。
いつも山越えで松山に訪れるので、今回は海沿いに今治へと向う。
途中、小説「坊ちゃん」でターナー島と名付けられた島を見に行くが、車を止める場所もなく、工場の裏手だったので諦める。

海岸沿いを走り抜けて、今治にある「タオル美術館ASAKURA」に立ち寄る。
瀬戸内物産館で今治土産の一六タルトを購入して、タオル製造工程を眺める。
小説「坊ちゃん」でターナー島 タオルの動物園
何の変哲もない糸が機械に吸い込まれて、吐き出されると色とりどりのタオル生地? 絨毯のように吐き出されていく。
最上階はタオル生地で作られた絵本は、さらに温かみとやさしさを増して、縫製前の生地の展示は、静をテーマにしたファッションショーといった感じだった。
そう、そう、ここオリジナルの素敵なアイディアだと思うが、2匹の縫いぐるみが絵を見て感動したり、真似しているのを見ている。
これは二度美味しいってな感じで楽しめた。
タオルの動物園はタオル地で作られた動物が企画展示されている。
小さな子供はキャッキャと満面な笑顔で遊んで、両親は子供が動物園から離れたがらないので困っているようだった。
そう、そう、猛獣の虎とライオンは襲ってこないように檻の中にいた。(^^)
タオル美術館ASAKURA タオル美術館ASAKURA
ヨーロピアンガーディンを散策すると、紫色の藤とラベンダーが咲いていたので園内を散策。 香りは心地よく、ミツバチは花と花を飛び交っていた。
散策しているうちに昼になったので、今治ラーメンをここで頂いてしまなみ海道を渡り始める。

「伯方の塩」工場を見学しようと伯方島で降りて、工場を探していたら。。。。パンフレットを見ると見学できる工場は大三島(^^A
行きに立ち寄った大三島で、またまた、降りて、「伯方の塩」工場へ
ベースとなる塩は、法律の壁があるので外国で天日海水塩を輸入している話には驚く。
沖から海水を汲んで輸入した塩を溶かして、砂や泥を取り除いた後は昔ながらの塩の作り方をしているそうです。
日本でも、厳しい検査さえ通れば塩田が自由にできるといいのにね。
「伯方の塩」工場 因島水軍城
因島水軍城に行こうと車を走らせていると、多々羅大橋が綺麗に見える所を発見。
そう、そう、色々と橋の種類はありますが、この斜張橋が一番綺麗に見えるので。。。
私もそう思っているので車を止めて、また、撮影する。
行きに村上水軍博物館を訪れたので、因島水軍城に立ち寄る。
※村上水軍博物館は能島村上氏が中心に紹介、こちらは因島村上氏が中心に紹介されています。
水軍城にある船の歴史は「はにわ」の船の紹介から帆船や現代の船が紹介されていて。
最後に宇宙戦艦大和が紹介されていて、笑いを誘う。

因島は広島県であり、旧呉海軍工廠で戦艦やまとを作ったから? 戦艦大和つながりと言うことで。
島最後の観光地として、現代まで2名しか存在しない碁聖(棋聖)の「本因坊秀策」の碑と記念館に訪れて、しまなみ海道をあとにする。
村上・因島水軍の資料館には、水軍の船の模型や水軍の対象のコスプレができるように兜や陣羽織に刀が置いてあります。
「本因坊秀策」 しまなみ街道
尾道に入り、カーナビにケーブルカーのマークがあるので、有名な観光地だろうと思って千光寺山に訪れる。
尾道は海に面した山腹に住宅街が多い坂の町であり、映画「転校生」や「時をかける少女」などはここを舞台にして作られたらしい。そういえば坂道を登っている途中で振り返るとドラマになりそうな風景が広がり、息を整えるために足を止めると、目の前を猫が散策していたりするからね。
さて話を戻して、千光寺公園から「文学の小道」を尾道に縁のある詩人が書いた歌が刻まれている石碑を見ながら千光寺に訪れる。
千光寺は弘法大師空海により開かれた寺らしいです。 堂内は尾道市内のパノラマビューが素敵であり、
また、石鎚山、鏡岩や梵字岩などがあり、案内図を見ながら探していくのもいいのかも知れません。
千光寺公園 千光寺公園
車で麓におりてから市街地を散策するが。。。気がつくと千光寺についていた。
ここから招き猫美術館へ坂道を下っていく。 途中から石に書いたまねき猫が道案内をしてくれる。
芸術品らしい怪しい屋敷に入ると招き猫が生活している屋敷で、神社で祭られていたり、火鉢に住んでいたりと、石に書かれた招き猫を探して回る。
結局、これが原因で目的の招猫美術館にはタッチの差で入館できませんでしたが、道中でも色々な招き猫を見て楽しんで来ました。
尾道駅前 尾道駅前
ホテルから見える夜景が良かったので、テクテクと尾道駅前まで散歩に出かける。
尾道水道を横切る小さなフェリーや向島の造船所の光は海面に映し出されて綺麗だった。
駅前に出てくると夏をテーマにした像(この付近で育った方の作品だそうです。)や数日前に開催された港祭りのイルミネーションが残っていて綺麗でした。

えひめ・しまなみの旅 2日目

ホテルを出て、暑くなる前にと思って松山城へと向う。
松山城は平山城と分類されるお城で、軍事優先だけでなく経済を考えて平野内にある小高い山に城を築いた。
小さな山なので登山してもいいけど、最終日まで色々な観光地を巡る予定なので、8合目までリフトで上がっていく。
現在の松山城は歴史の残る場所だけでなく、松山市内が展望できる景勝地となっていた。
それにしても天守閣を目指して、本丸のみだけを散策しているのに道中は迷路のようだ。
通路を右左、Uターンして、袋小路??。。。いや、いや、門があった。
しかし、昔の迷路遊びのようだ。 それに天守閣は目の前にあるのに随分と歩いた気がする。
松山城 松山城
松山城観光の次は伊予かすり会館に訪れる。
隣のお団子屋さんがレトロ風で興味があったが、店の入口を防ぐように車が止まっていたので、まだ、まだ、準備中かな?と思って、素直に会館へ
現代だから機械織かな?と思っていたのですが、染物、糸紡ぎや手織りの機織りまで見せてくれる。
私が訪れた時は奥で糸紬をしていたし、手前でははた織機を使って実際に見せてくれる。
古い機械などの展示よりも、売店でかすり生地を使ったハンカチ、バンダナ。。。。などを見ているのも飽きない。
実際に絣といっても染物の方法によって幾種類もある事が勉強になる。
伊予かすり会館 道後温泉駅
そして道後温泉を観光したかったが、付近の駐車場は満車で三周してしまう。
どこ行こうかと悩みながら、宿に車だけを止めさせてもらって、SL風坊ちゃん列車で道後温泉へと向う。
SL風と書いているのは、SLの設計図を元に、動力はディーゼルと保全関連だけが最新になっているからで、観光地を走る列車はトロッコだけでなく、SL風でも面白いと思ってしまう。  ナイスアイディアV(^^)
道後温泉ではバスの回転台はあるが、坊ちゃん列車にはないので、機関士が機関車を切り離して手で回転させて、乗務員が客車を移動させる。。。。見るのが面白いが、大変だぁ~
そして発車時間まで記念写真が撮れるように駅前の引込線に展示されて、運がよいと観光ボランティアの方がシャッターを押してくれたりします。
坊ちゃん列車 坊ちゃん列車
道後温泉に到着してカラクリ時計が動くのを楽しむ。
小説「坊ちゃん」に登場人物が現れるとか、坊ちゃんとマドンナの姿をした観光ボランティアの方が解説してくれた。
伊予鉄の道後温泉駅前にある広場ではカラクリ時計があって、私が訪れたときにはGWだったので30分おきにカラクリ時計が動き出す。
ロボットに変形はしないが、2F建てから4Fに変身して、小説「坊ちゃん」に登場する人形達や夏目漱石先生が現れる。
カラクリ時計のモデルは道後温泉本館の振鷺閣を模したものらしい。 坊ちゃんやマドンナの姿をした観光ボランティアの方と一緒に記念撮影もできるようです。
※ネットを見ると普段は8時から22時で1時間毎に動き出すそうです。
道後温泉 カラクリ時計 道後温泉 カラクリ時計
日本一古い公衆浴場と言われる道後温泉本館の周囲を写真を通りながら回り、人力車に乗って道後温泉周辺を観光案内にでる。
千と千尋の舞台となった温泉宿のモデル作りの参考にされたと言われる道後温泉。
特に振鷺閣は日本の音風景100選にも選ばれた。 道後温泉本館3層楼の屋根にある振鷺閣の太鼓は昔は1時間ごとに鳴らされたそうです。
現在は朝(AM6)、正午、夕方(PM6)に太鼓を鳴らして刻を告げているそうです。
人力車に乗ると高い視点で景色が見え、振動も全然なかった。 それよりも人ごみを掻き分けて進んでいくのが気持ちよい。
道後温泉本館 道後温泉本館
温泉に入ってホテルに戻るには少し時間があったので、道後公園に訪れる。
この公園は松山城よりも古く。。。といっても、現存してないが。 湯築城という名前の城だそうだ。
子規記念博物館側の広場は地元の家族連れが遊んでいたが、反対側は松山武家屋敷や城跡は庭園と広場という感じで、何もしないで過ごすにはいい場所だった。
咽喉が渇いたので子規記念博物館の喫茶店で休憩してから、子規を中心にした松山にいた詩人の紹介や日露戦争のターニングポイントを良い方に変えた秋山兄弟が紹介されていました。
※秋山兄弟:兄は陸軍で、騎兵隊を率いて縦横無尽に活躍したそうです。 弟は東郷将軍の参謀で、世界の海将がうらやむT字戦法を実現した方らしい。
道後公園 石手寺
大師像まで山を登らなくても良いと聞いて石手寺にタクシーにのって行く。
お寺としても立派であるが、昔のテーマパークという感じで地獄巡りの洞窟があったりで。。。抜けると不思議な世界へ。
寺の中も仁王像の集団や寺の鐘も突けるし。。。異風な観光地としてお薦めです。

道後温泉に戻ってくると良い時間になっていたので、さっそく入浴するのであった。
人気スポットなので、男湯だけでも2つもある湯船は芋の洗場となっていたのには驚いた。
疲れを癒すなら椿の湯に入って疲れを癒せばよかったかな? と思いながら、千と千尋の映画に出てきた湯谷にいった気分に浸れたけどね。

そして、普通の路面電車にのってホテルに戻り、レストランで食事をする。
レストランからは旧松山藩主の子孫久松伯爵の別邸として建築された萬翠荘と松山城をライトアップされた風景を眺め。
コーヒールンバなどの生演奏を聞きながら食事していると、いつもと違う時間軸で生活しているような。。。
萬翠荘と松山城

えひめ・しまなみの旅 1日目

山陽道を走り抜けていると、やっと太陽が昇って来た。
いつもだったら朝食を食べる頃に尾道市街地の外れから、しまなみ海道に入る
最初の大島PAで因島大橋を眺めてから、しまなみ海道の観光地情報を仕入る
時間が早く観光施設が開いていないので観光を行きと帰りに分けて、行きは亀老山展望台を目的にして、周辺の観光を楽しむことにした。
しまなみ街道 しまなみ街道
目的の亀老展望台を見るために大島で降りて、その前に源平合戦や信長と戦った、村上水軍の博物館に訪れる。
そう、そう、亀老展望台が一つの目的なのは。。。
実は天気の良い日にこの風景を撮りたくって四国行きを決意しました。
前回、3日間で四国を一周したときなんて、夜遅くってNGだったので念願叶う
しまなみ街道・来島海峡大橋
亀老の由来は1300年ほど前に、旅の坊さんが黄金色の観音様を背負った大亀を発見。 その観音様を祭った山がこの山だそうです。
大島からは来島海峡大橋を見たかったのと、料金が安い事もあってフェリーで今治に渡る。
しまなみ海道の橋を見学の〆として、糸山公園で来島海峡大橋をカメラに納めて、、沈下橋を見ようと高知・中村方面に向って走る.
しまなみ街道・来島海峡大橋
高速を抜けて、山間の狭い道はカーブミラーで先を読みながら。。。 四万十川沿いは離合が大変な狭道も。
そろそろUターンしようかな?と思う頃に、外人サイクリストの集団が道を渡ろうとしているので、何かな?と思っていると。 岩間の沈下橋を発見。
四万十川・岩間の沈下橋
橋は車の幅がぎりぎりで、気を抜いてハンドルをミスするとぼんと行きそうになりながら対岸に渡り、河原を散策。
カーナビを頼りに帰道を急ぐ、途中で清流の里「ひじかわ」道の駅であしたばアイスを食べて高速道路へと向う。
内子町の八日市護国の町並み 070429-08.jpg

2007年4月 3日

合馬たけのこ祭り

筍まつり
合馬筍祭りの案内板につられて、会場に行ってきました。
普段は色々な竹が見られる公園だとか???
筍まつり
まぁ、公民館機能も兼ねているなら、いいかな。
公園内を散策していると、小さな筍を発見。 美味しそうですね。
合馬たけのこ祭り
そしてイベント会場のテントで合馬の筍や素材を使った饅頭などを購入して帰りました。

合馬たけのこ祭り

2007年3月27日

桜ツーリング

歌野川ダムの桜 歌野川ダムの桜
日曜日に見た桜満開との立て札を思い出して、今回はバイクで下関・歌野川ダムを目指して出発
九州を脱出する前に北九州・門司レトロに立ち寄って記念写真。
海峡を越え、下関市街地を抜けて、案内版を頼りにダムに向うと、サクランボのような花を咲かせる桜を発見。
ここ歌野川ダムは、もう少しすると、ピンクの桜にバトンタッチすると、ダム沿いに桜が咲き乱れます。

山を越えて、海に出ると雨がパラパラ降り出す。
降水確率が0%というのに。。。。気温が低い時のツーリング中の雨は風邪が心配なので帰る事にした。
JR湯玉駅かな? その前の畑に菜の花が一面に咲いていたので、記念写真を1枚。
歌野川ダムの桜 歌野川ダムの桜

2007年3月18日

長崎・崇福寺

長崎・崇福寺
崇福寺の国宝
長崎・崇福寺
第一峰門の飾り?
長崎の方に案内されて訪れた崇福寺
下関の赤間神宮みたいなデザインの山門だなと思いながら階段を登ろうとすると、呼び止められる。
 振り向くと長崎ランタンフェスティバルの看板に隠れるような感じで料金所が。。。。いやはや~
階段を登り、いつものように門をくぐろうとすると、
 その前に、写真を撮らないのと聞かれ? ???と思っていたら、
この寺が国宝でなく、この第一峰門の飾り(組み物)が国宝との説明。
風景ばかりに気をとられて、言われなかったら見逃す所だった。
長崎・崇福寺
巨大鍋
長崎・崇福寺
長崎燈會で飾られた境内

境内には巨大な鍋を発見、昔の偉い坊さんがこれで粥を炊いて、民衆を助けたとか
 それにしても、戦争末期の金属不足の時に供出されなかったよね。 すごい。
長崎燈會で飾られた境内を一周。。。魚板、千里眼像、順風耳像、関羽像を眺める。
春節祭だけに、大きなロウソ