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2007年8月 アーカイブ

2007年8月 4日

石見銀山の案内板

石見銀山の案内板
石見銀山の案内板です。

タイルに焼かれた石見銀山の銀鉱の説明です。

有田でも見たけど、見やすくって、あんど、雰囲気がいいですよね。

松江フォーゲルパーク散策

写真集といった感じですが、旅行日記で使われなかった写真を使って1ページ  松江フォーゲルパークには南国の珍しい花や鳥がいました。

2007年8月 5日

小倉城

リバーウォークから見た小倉城です。
小倉城
百万祭りの帰道でバスに乗って帰ろうと、小倉城を抜けて帰る途中で撮影しました。

小倉城は関門海峡に面し、
 九州各地に通ずる街道の拠点として、
   陸海の交通の要所として、昔から砦や城が築城された。

宮本武蔵と佐々木小次郎の巌流島の戦いも、
 当時の城主が対外試合を禁じたので、近い領地外である島で戦うことになったり
意外な話が残っていたりする。 のかな。

2007年8月 7日

水のある風景

水のある風景
水のある風景

清水の流れる小川を撮影しても、水の冷たさが伝わりませんが
 散策していると、小さな鍋が川底に。。。。。

水の冷たさ、気持ちよさが伝わってきました。
 それを油絵風に加工してみました。

2007年8月 9日

リンク集よりも記事が大事

WEB雑誌で、「アフィリエイトに地殻変動 「リンク集」からコンテンツ重視へ」

そう言われてみると、infoseekやYahooなどから検索すると、リンク集のページに出会うことが少なくなりましたね。
検索サイトを運営している所は有益なサイトが上位になるように、昔から苦労しているようだし。

リンク集というのは、同じ興味を持つ方が便利なように目次を作りましたから、
 最近は、アクセスアップのみを狙っているページが増えてきたので、そういう意味では。。。。

掲示板スパムやトラックバックスパムが増えているので、内容を評価するようになったのかな?

アフリエイトでも体験した口コミを書くことで報酬をもらえる所も出てきていることから考えると。 
時代は、色々な人からリンクを貼ってもらうよりも、コンテンツ重視になったようですね。

ブログ Vs ホームページ

ホームページを運用していると、訪問者が訪れるまでに時間がかかる。
 でも、古い記事と思って忘れているページが、その時の話題でヒットして訪問者がいつまでも続いたりする。
結局、6-7年前に書いた記事も、訪問者が居なくなったら削除しようと思いながら、
 記事と関係のある場所がTVで紹介されたり、物がモデルチェンジする度。
  訪問者がどんと増えるので、削除できないでいる。

ブログはスーパーのタイムセールのように
 書いた数日後には訪問者が増えるが、時間と共に訪問者が減っていく。
でも、ブログはホームページを作るような儀式をしなくていいので、
 思ったときに、思ったことを記事にできて、書きやすい。

そこで、旅行記や紹介したい商品の記事を書くときは
 ブログでは健忘録のように、気になる点を書きつづるように作成していく。
  旅先からは、借りているBLOGに携帯電話から投稿して、
   リアルタイムに記事を書いていく。 そして、色々な視点で書いて。 
書き溜めていく


そこで、ホームページは、
 ブログで書いた記事を総括して、ブログで書き綴ったテーマの終わりとするべく。
  それぞれ説明を入れたりなど、詳細に書いたり
    語るより見て感じてと、写真を挿入したり、地図を張ったり、
これで、以外に長い期間、そのホームページに訪問者が訪れる感じ。


ホームページVSブログと書いたが
 遊びに来る方の視点で考えると、好きな内容を見ていただけるように
   同じドメインにと、ブログシステムとホームページエリアに導入してみました。、

検索エンジンは、ブログは嫌い?

Yahooなどの検索サイトで
 Myサイトが誰からリンクされているのかな?と、時々、調べています。

この数ヶ月ですが、ブログで書かれた記事が上位に来ない。
 特にYhaooは顕著です。

私が検索するツーリングなどのキーワードなんて、
 ブログが流行する前に書かれた記事がトップになっている。
旅行記関係を検索するので、
 いつに書いた記事なのか書いている人が多いから、
なんで、こんなに古い記事がとわかるからである。
 
 
一時期はブログの記事がTOPになっていましたが、
  最近はブログの記事はTOPになりにくくなってますね。

それもホームページはリンクを貼られた記事が多いとTOPに来ているのは常識として
 ブログの場合はトラックバックを張られた側のページがTOPになっているような?

ふっと思ったことを書いただけなので、たまたまなのかな?

ブログより、ホームページのアクセスが高い?

ホームページ内に「DR-Z400SM 私のバイクの写真集」を作成して半年
 BLOGシステムを導入したので廃止して、同じ内容+αでブログを構築してから、さらに半年。

ホームページ内に作っていた「バイクの写真集」は訪問者が居なくなってから削除する予定なので
 ページは存在するが、幽霊ページとなっているので、検索サイトからでないと訪問は出来ない。

ブログは適当に更新している。 HTMLファイルを吐き出すようにしている
  検索エンジンに登録されやすいようにサイトマップも作って登録している

でも、いまだに、検索サイトからでないと訪問は出来ないホームページには叶わない

2007年8月14日

もぐり発祥の地という看板発見

もぐり発祥

もぐり発祥の地という看板が気になって
 バイクでこの道を通過したので、路肩に止めて 1枚

もぐりはもぐりでも、水中作業のことだったんだ!!

スペースワールド横を走行中

スペースワールド
スペースワールド横の道路を走っていると、大観覧車とスペースシャトルが青空に映えて見えます。
夜はライトアップされて、綺麗です。

エレベーターの車いす用ボタン

最近のエレベーターは車いす用ボタンが付いている物が増えていますよね。
※扉近くが一般ボタンで、横の壁の腰付近にあるのが車いす用ボタンだと思います。

エレベーターに乗って、他の方を観察していると、行きたい先のボタンを押したと思ったら、
 心理的に2つのボタンを押したら早く移動すると思うのか?車いす用ボタンまで押す方は多いですよね。

そんな方に限って、目的の階に行くまで、遅いと思っているのか、
 いらいらいら。。。。して、迷惑だったりします。
でも、遅い原因は、その方なのにね。 困ってしまいます。


実は車いす用ボタンを押すと、身体障害者の方が困らないようにエスカレータの動きが少し遅くなります。
少なくとも、扉などの開放時間は長くなるそうです。


だから、車いす用ボタンを押す必要の無い方は押さないで下さい。

でも、逆にですね。
 ベビーカーなどを使っている時や台車で荷物を運んでいる時など、挟まれ事故を回避するために利用するのもいいですよね。

珈琲一杯から

珈琲の香りに誘われて、
 忙しい時期なのにと思っていたのに、一時の寛ぎを得る。

珈琲に纏わる思いでは、
 珈琲を飲むことで、香りによって思い出される。

そういえば、GW旅行中で、食後の珈琲を飲んでいると
 コーヒールンバの生演奏が流れてきたことを思い出してきた。

その時に目にした、窓の外にライトアップされた松山城が絵画のように見えた事
 その時の旅の思い出まで。

コーヒーを飲みながら。走馬灯のように楽しかった思い出を思い出す。

といった感じで、
 日々、忙しい時の珈琲タイム、私はこのようにして楽しことが多い。

濃目のアメリカン珈琲

そう、そう、昔、友人達と喫茶店で「アメリカン珈琲を濃目で下さい」と注文していた。
 
 アメリカンというと、薄い珈琲と勘違いしている方が多いが。ローストの浅炒りがアメリカんだったりするので、濃い味のアメリカン珈琲は頂くことができる。
 (浅炒)アメリカン→シティー→フレンチ→イタリアン(深炒)
珈琲は浅炒だと酸味が味わえて、深く炒れば大人の味のような苦味が楽しめるそうだ。

2007年8月17日

九州ぐるりん旅 宮崎駅前で宿泊中

モアイ像

ストレス解消の為に、いつも恒例の一人旅
 宿だけ決めて、後は道の駅でのパンフでルートを決める
この年になっても、気恥ずかしいという気持ちがあるので、 レストランや歴史記念館の方に声を掛けられて、お薦めがあれば、脱線する旅

そういえば、自分から声をかけることは出来ないけど、
 挨拶したときに、どこから来たのか聞かれて、
  一言、二言、この地域のここにほれてというと、
お薦めの場所を紹介してくれるので、
 実際に行って見る。 行けなければ、次の機会に訪れる。

そんな、こんなで、
 10年以上も続いている、九州ぐるりん旅

まだ、まだ、入った事の無い場所があったりする。
 みなさんは、どんなたびをしていますか?


でも、複数人での旅も面白そうなので、
 早く、国内専門の旅仲間をつくろうっと!!

2007年8月30日

宮崎へ   宮崎~鹿児島の旅

走行中に日出を向かえたので、高速で安心院を通過する頃には、朝靄が山間からこぼれだしていた。
別府SAから高崎山方面を眺めると、朝靄が別府市街地から別府湾に向けて溜まり、高崎山は雲海に浮かぶ孤島のように見えていた。
別府湾SAより高崎山を眺める
雲海の海面下を目を凝らして眺めると、別府の市街地には湯煙がただより、海面付近で広がっていた。
高速を抜けて一般道を三重町に向かって走っていると、温度警告等が点滅するので、しばらく休憩できる場所を探す。
しかし、休憩する前にエンジン警告等が点等して、車がSTOPする。 車を騙しながら三重町の体育館まで走り、
エンジンを冷やして冷却水をラジエターに給水するとどんどこ入る。

別府SAで満タンにしたのに、数十キロで補助ばかりでなく、ラジエターまで空(笑)
営業さんに電話をして、近くのディーラーを紹介してもらい、Openと同時に車を見てもらう。
ディーラーの朝礼は気合が入っていると思いながら、お店の前を走り去る車を眺める
車の点検も終わって話を聞くと、空焚きをしてしまっての警告だったらしく、エンジンブロックが歪んでいる可能性ありとか?
7月から謎のオーバーヒートが続いていたので、修理しても、次から次へと故障しそうな感じなので、買いなおしを考えていた事もあって
 帰ったほうが良いのか? 修理に一週間もかかるし。と悩みながら、エンジンを回すとすこぶる調子が良いので、車を労わりながら旅を続ける。
 ただ、ロスタイムの3時間だけ、行きたかった観光地を何箇所か諦める。
高速大分道

三重から延岡への道は、早い車が来ると道を譲りつつ、三国峠をよいこらしょっと越え、川沿いの道の風景を楽しみながら延岡へ
予備のクーランド液を購入しようと、直線道路が続く道をカーショップを探しながら走っていくと、門川町で発見。 4Lのクーランド液を購入して、ガソリンを満タンにして、南下を続ける。

しばらく走って、最初の観光地である「美々津」に訪れる。
この町は、石畳の道や江戸時代から明治時代にかけて作られた、平入、妻入建物が数多く残され、美々津千軒といわれ栄えた頃の面影は今も残る港町
まずは、車内から当時の町家をしのび、楽しみつつ、巡っていく。
訪れる店を物色して、「日本海軍発祥の地」碑がある海岸に車を駐車する。
「日本海軍発祥の地」碑がある美々津
この記念碑は昭和17年に、神武天皇が日向の国(宮崎)は美々津より東征に向かい。 浪速や紀州に立ちより大和に入り、初代天皇となったそうです。
この時の船出を記念して作られた碑だそうです。
※私も耳川を渡るときに見えた記念碑が気になって立ち寄って、この美々津の町を発見したのです。
さて、陽炎が見えるような夏日だったが、海風のせいかな? 思っていたよりは暑くなかったので、日向市歴史民俗資料館へと町並みをテクテク歩いていく。
町の入口が橋を渡って直ぐの信号で、しかも漁港に下りる感じですが、白い壁、石畳と、レトロな町並みが綺麗に残っている美々津
町の中を歩くと、昔、県庁所在地だっただけにレトロ調のお店屋さんが並んでいるし。 大昔に大和へと海を渡って神々が出発した場所だけに、隠れた観光地となっています。
美々津の町並み
「旧廻船問屋、元河内屋」をを復元した日向市歴史民俗資料館は、整然と部屋が作られていないので、隠し部屋という雰囲気で面白かった。
何しろ、2Fは部屋と部屋が段差でなく、中二階といった感じで高さ異なっている。
それと、お客さんが出入りする土間は2Fの部屋から眺められるように作られているのが面白い。 時代劇からは想像できないつくりであった。
また、置くには資料館とした感じの建屋があって、その中には大福帳やそろばんなどの道具類が保存してあった。
隠れ家的な観光地といった印象の美々津の町であった。

昼飯は美々津から少し南下して、サーファに教えて頂いた都濃町にあるチキン南蛮の美味しいGRILL POPEYE。
直線道路の途中にあるので思わず通り過ぎそうですが、昼飯時を外れても繁盛しています。
GRILL POPEYE
メニューを見ると色々と美味しそうな料理がありますが、 久しぶりに来たので、チキン南蛮を注文しました。。  というか、いつもチキン南蛮ばかり。
チキン南蛮をひとつ口に入れ、チキンを噛むと肉はやわやわで、肉汁が口の中に広がります。
甘酢はチキンの味わいを複雑にして、旅で疲れた体ににはほどよい甘さ、タルタルソースは味わいに奥深さを加えて、いくら食べても飽きさせません。
気がつくとお皿にはサラダしだけになってしまいますので、注意(笑)

さて、食事が終わり、ラジエターの液を補充して再出発。 目指すは日南へ

2007年8月31日

宮崎へ   日向&薩摩の旅 その2

宮崎へ   日向&薩摩の旅 その2

R10を川南町から木城の役場前を抜けて西都ICへ
インター付近で、私のHN(ハンドルネーム)に似た「巨田(こた)神社」があるという情報を獲ていたので、付近に探す。
案内板に導かれて高速道路の向こうに訪れると、南国の青い空と田園風景の中に、鎮守の森に囲まれた神社を発見
巨田神楽(こたかぐら)の事務所?の周辺が参拝者用の駐車場に車を止める。
事務所の壁に飾られている巨田神楽の御面は、赤鬼のような雰囲気。 何をテーマにした神楽なんだろう?
巨田神楽(こたかぐら)
地元の方が参拝する小さな神社???と思っていたら、やはり由緒ある神社だそうです。
そういえば宮崎の神社って、海に浮かぶ島々のような感じで森があり、その森の中に別世界といった感じで神社が存在しているよな~
周辺が騒がしくても神社周辺は異常に静かであり、 大きな神社になると和楽器の音色がさらに静かさを感じさせてくれる。
さて話を戻し、この「巨田(こた)神社」は佐土原藩の城下町だった頃は、武士と町民が参拝する神社は分かれていて、武士はこの巨田(こた)神社に参っていたそうです。
また、境内には島津公が奉納した石灯籠もあって、拝殿奥にある本殿は朱色なので、モノトーンの風景の中で本殿だけが浮かんで見えます。
そう、そう、案内晩があったのですが、巨田池と近くの丘陵地は「鴨網猟」の猟場となっているそうです。
巨田(こた)神社
TVでみたのですが、餌場から山の寝床に鴨が帰る時間帯にラケットの大きなものを空へと投げて、ラケット(越網)の網に鴨が絡まって捕まえるそうです。
まるで空を海に見立てた一本釣りってな感じですね。

少し戻って、西都から高速に乗る。 北海道を思わせるような一直線が続く、宮崎高速道路を走ると
以前、宮崎市周辺を観光していた時の感動を走馬灯のように思い出しながら青島を目指して走っていく。
いつも渋滞している青島を迂回するように堀切峠に繋がっている、都市高速のような新しくできたバイパスを走る。
青島周辺と遠くに宮崎市内が見渡せるPAがあったので、早速、展望台へ
宮崎・青島
肉眼では観光ホテルのある青島周辺なのだが、デジタルカメラを通して眺めると海幸、山幸の伝説で知られる青島神社や鬼の洗濯板(隆起した水成岩が波の侵食により洗濯板のように見る岩場)を眺める。
遠くにはシーガイヤのビルが見えるので、あの付近が宮崎市内だという事が分かる。
再出発して堀切峠を抜ける。 海岸にある峠としては珍しいのかな?
堀切峠を越えて道の駅周辺に来ると、沿道にはフェニックスの並木が続き、左手には太平洋が広がります。
対岸と思っていたら陸続きだったと笑い話になりそうなリアス式?の海岸が多い地域に住んでいる私としては、水平線が見える海は。。。ちょっと感動。
時折、海岸線が見えて、波状岩を白波が洗っているのを見て、海の荒々しさを感じます。
太陽の塔
サンメッセ日南で定番のモアイ像を見る。
斜面に作られた公園なので、ゴルフ場にあるカートを借りて、頂上にある地球感謝の鐘まで上っていく。
地球儀を半分にして、輪切りにした記念碑の中に入ると鐘の音が木魂する。
眼下にはコンドルが羽を広げたような、インカ帝国をイメージした太陽の塔(レストランと倒れたモアイ像の修復作業のビデオが見れる)と太平洋の海原と水平線が見れる。
何でもない風景ではあるが、何か引かれるらしく、記念写真を撮っている団体の観光客が多い。
サンメッセ日南のモアイ像
ここから園内を下っていき、モアイ像のある広場へ。 以前は愛を司るモアイ像が人気であったが、今年は幸運や金運のモアイ像の方が人気があったのには世相を感じてしまう。
ここから動物広場をダッシュしてカートを返すが、急ぎ足で巡ったのに一周を30分で巡るには無理だった。 園内を色々と見て回るには1-2時間は必要かな?
立ち去る前に土産コーナーを物色する。 モアイ像の焼酎や地ビールならぬ、マンゴを使った地サイダーなどが販売していた。 それよりも入り口にある、そのまんま東改め、宮崎知事東国原さんのモアイ像があるのには驚く。
そのまんま東改め、宮崎知事東国原さんのモアイ像

飫肥までは時間的アウトなので、以前から訪れたいと思っていた油津へ。
油津の堀川運河に到着した時には閉館作業中だったので、写真だけを撮らせていただく。 TV番組「でぶや」を見てから一度は寄って見たいと思いながら場所が分からずに通り過ぎていた場所であった。
飫肥藩が作ったといわれる堀川運河は広渡川河口から油津港を結んでおり、少し歩いた所に煉瓦造2階建ての倉庫油津赤レンガ館や今でも営業していて、外壁は洋風の意匠を取り込んだ木造3階の杉村金物本店があります。
油津の杉村金物本店
日南の海岸線とひむか神話街道が交わる場所、都井岬から宮崎市街地を目指して海岸線を走ってくる途中にあるので、飫肥城と一緒に歴史建造物を楽しむのも良いかも。
国道に出ようと油津市内をうろうろしていると釣具店を見かける。
パソコン+一眼デジカメ一式を車からホテルに運び込むのも大変なのでタイヤのついたキャリアを購入
格好は悪いが便利であったのと、他の客にホテルの駐車場で関心される。

帰道に鵜戸神宮へと立ち寄るが、その前に神武天皇が少年時代を過ごした宮殿跡といわれる、駒宮(こまみや)神社による。
油津から鵜戸神宮へと向う途中。国道220号から少し住宅街にある。
シャンシャン馬発祥の駒宮(こまみや)神社
高原町(皇子原)で幼少時を過ごした神武天皇が元服のころまでは駒宮神社に住んでいたとか。
藩政時代には牧奉行が置かれ、駒追の際には必ず優秀な馬が駒宮神社に参る風習があり、日南のシャンシャン馬発祥の地と伝えられているそうです。
実際に馬も買われていて、餌を与えることができます。

そして、海岸にある洞窟に本殿がある不思議な鵜戸神宮へ
駐車場から鳥居をくぐり、海岸というか、海に面した崖をテクテクと歩いて橋を渡り。。。ひょっとして三途の川? 階段を下りると鵜戸神宮・本殿がある。
洞窟内をぐるりと一周するが、奥の方は新鮮で、もあ~と蒸し暑く、不思議な感じがした。
鵜戸神宮
鵜戸神宮の参拝も終り、宮崎駅の裏手にある今夜の宿へ。
陽が弱くなり堀切峠も人手が少なかったので、道の駅に車を止めてしばらく休憩。
峠からの風景は、これぞ南国宮崎だ!!といった思い出を残す
堀切峠
宮崎市内に入った頃には、ちょうど帰りの通勤渋滞に巻き込まれてしまう。
やっとの思いでロケットが展示してある宮崎科学技術館を過ぎて駅前にでる。 ここから何処だろうとカーナビで探していたら目の前で宿があった。
ちなみに部屋の窓から宮崎科学技術館がライトアップされて見えていた。

ホテルのシングルは2-3人部屋のような広さで、ここで旅行のカタログとパソコンを広げて翌日の旅のプランを考える。
お土産を物色に夜の町を散策。 タクシーを利用して夜の宮崎県庁を見ればよかったかな?
ホテルから見える宮崎科学技術館
さて、今宵は晩飯はホテルのロビーで晩酌セットを頂いて。。。。 (○。ー){ZZzzzzzzz....
 でも、宮崎の炭焼き地鶏を、冷えないように一人用コンロ・陶板で焼きながら焼酎を頂き
  サーモン南蛮がメインで、酔いが回る頃には棒ラーメンの麺のような鶏がらだしのラーメン。




宮崎の炭焼き地鶏

うまかった。















FIne

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